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順天堂大学水泳部水球部門 体育会認定までの道のり 前編

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2021年04月06日

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順天堂大学水泳部水球部門主将を務めております田中琢也です。

前編では水球部門を創設するまでのストーリーの話について書かせていただきました。

1.はじめに

2018年4月

 私は順天堂大学スポーツ健康科学部スポーツマネジメント学科に進学した。

現在順天堂大学水泳部水球部門に所属している。

水泳部水球部門は、まだ創部三年目の部活動である。私が順天堂大学に入学したときには水球部・水球部門というものは存在していなかった。

 しかしながら、中学から『水球』がずっと身近にあった私は「大学でも水球を続けたい!」と純粋に思っていた。

 また、順天堂大学というスポーツや医学が有名な大学で水球部を作って活動できたら『水球』というスポーツを全体的に盛り上げることができるのではないかと考えていた。しかし、たかが大学1年生1人が大学で部活動を作るということにはさすがに無理があるのではないかと葛藤していた。

 他にも趣味が多くあった私は、水球を辞めて他のスポーツを始めようと試行錯誤したが、やはり水球を辞める決断ができなかった。また、順天堂大学には私が初めて水球を見た試合で活躍をしていた方が事務職員として在籍しているということを知っていたので、もしかしたらご指導いただけるのではないかという期待もしていた。

2.創部の決心

2018年5月

 そこで、周りの人に何と言われようと創部しようと決心した。このように決心するのに1か月もかかってしまった。最初にしたことはとにかく目立つことであった。今から考えると少し恥ずかしいことだが、その当時の私は目立って『部活を作ろうとしている学生がいる』ということを周りに知ってもらうことから始めるのがよいと考えていた。私が進学した学科における最初の授業の発表で、学科の全員に「水球部作ります!」と宣言した。

あえて大きく言うことで逃げ道を完全に消した。

最初の『スポーツマネジメントとは』という授業で発表したポスター


 また水球部を作ろうとしている人がいるということを知ってもらうために、順天堂大学の一大イベントである『寮祭』の団長に立候補した。寮祭は大学の寮に在籍する約600人を北寮、南寮、東寮の3つに分けて様々なイベントで競い合うものである。そこの団長になることで、約200人には確実に知ってもらうことができると確信していた。

 実際、このような活動を通して私の学年のほとんどの学生には認知してもらうことに成功した。チームを作り上げていく上で、最初はただの大学生が1人で部活を作ろうと言っていただけだったが、その私についてきてくれる学生が現れだした。


寮祭の最終日に行われる裸祭り。おみこしの上から宣伝もしていた


3.水球チームの結成

2018年7月

 1年生の時に水球チームに所属していたメンバーは私を含め4人であった。

 最初に一緒に水球をしたメンバーは2人とも水球未経験者であった。初めて水球をやってみて2人は

 「正直言って面白いよりもきつかった。

と言った。

 私の中で水球は楽しいものであると思い込んでいたため、かなりショックであった。それと同時に、2人に水球の面白さをわからせたい!と考えるようにもなっていた。

 きつさの奥にある水球の魅力に魅かれていったと彼らが語るのはもう少し後である。水球は7人で行うスポーツであるため、練習はしばらく基礎的なトレーニングが続いた。競技のレベルを上げるうえで基礎トレーニングは非常に重要であるが、なにせつまらなく、きついものばかりである。このままでは「水球は面白くない」という認識のまま辞めてしまうのではないかと心配していた。また、2人は地元が北海道と静岡であり長期休みは帰省してしまう。そのため、夏休みはほぼマンツーマンで練習を行っていた。今から思えばその2人のメンバーのことを深く知る良い時間であったと考えているが、2人で行える練習はかなり限られてくるので当時は2人のモチベーションが落ちないようにするのに非常に苦労した。

 水球のルールを確認するのとともに、モチベーション維持の一環として大学の試合を見に行った。そこでは私たちと同じ大学生が激戦を繰り広げていて2人のやる気に再度火をつけることとなったことは間違いないだろう。

 「来年は絶対にここで試合をしよう!

 3人でアツく誓いあった。

 

4.遅れてきた経験者

2018年9月

 さて、1年生の時に水球チームに所属していたメンバーは私を含め4人であった。と前述したが、まだ1人登場していない。このチームにとって彼を語らずにはいられないだろう。最後の1人は、当時ライフセービング部に所属していた水球経験者の学生である。彼は入学前にすでにライフセービング部に入学をすることを決めてしまっていた。しかし、水球のことが大好きで私たちの活動を熱心にサポートしてくれていた。そんな彼は周りの人から非常に愛されるタイプであり、水球チームの2人もすぐに彼のことが好きになった。私はそんな彼とどうしても一緒に水球がしたくなった。4月の入学から約5か月近く誘い続けた。その5か月間はずっと水球の話をしていたわけではない。買い物に行ったり映画を見たりと遊んでいる時間も多かった。しかし、水球の話となるとお互い火が付きいろんなことを語った。いわば妄想である。来年どんなチームになるだろうか。どんな後輩が入ってくるか。どんなコンビネーションをしたら面白いか。話は尽きなかった。その結果彼はライフセービング部を退部して、まだ公式に認められていない水球チームに入る決断をした。彼の中ではすでに部活動として活動しているライフセービング部を辞めまだ同好会にもなっていない水球チームに入ることは非常に大きな決断であったと思う。

 彼は、「水球が大好き。このメンバーで水球がやりたい」という自分の率直な気持ちと

「ライフセービング部として自分が救える命があるかもしれない」という使命感のはざまで揺らいでいた。

最終的にはライフセービング部の仲間にも背中を押され一緒に水球を始めた。

初期メンバーである4人


5.水球部への道のり

2018年10月

 この4人で1年生の間活動していくこととなった。

 活動人数が4人になったが、プールを借用することはなかなか厳しいものであった。放課後は、水泳部、トライアスロン部、ライフセービング部、陸上部が使用するため自分たちはほぼ使用できなかった。使える時間は授業の空きコマ、平日の夜20時から21時までの1時間、日曜日の早朝など多くの人が利用したがらない時間のみだった。それでも借りることができるのは非常にありがたかったので、利用させてもらった。大学のプールが借りることのできない平日の放課後はトレーニングルームに行きウエイトトレーニングしたり、グラウンドの隅っこでパスの練習をしたりした。できることを少しずつ増やしていき水球チームとして活動していった。

 経験者も入ったことにより、練習の幅はかなり広がり効率も上がってきた。また、さまざまな高校や大学に遠征に行かせてもらえるようになってきた。しかし、どこに行ってもボコボコにやられることばかりであった。年下の高校生にボコボコにされ、女子大学生にボコボコにされる日々であった。それでも少しずつレベルアップしていった。4人になっても同期に入部を誘う声掛けをやめる日はなかった。毎日4月の新歓時期のように友人を水球チームに誘った。順天堂大学さくらキャンパスだけではなく、看護学部がある浦安キャンパスにも行きチラシを配った。しかしこれ以上メンバーが増えることはなかった。

 

 そこで私たちが考えたのが、人数集めを今年に縛られるべきではないということだ。来年や再来年に多くの新入部員が入ってきてくれるように動こうとシフトチェンジした。

 学外の人への広報活動は非常に難しかった。SNSのアカウントを作り日頃の練習背景や遠征した報告などをアップした。しかし、それでは変わらず受け身の勧誘活動でしかなかったため、実際に勧誘をしに行くことにした。

 高校生の関東大会や全国大会の試合会場で、参加校の監督さんにお話を聞いてもらいたいと直接交渉をしに行ったのである。

 大会の期間中であるためあまり長い時間は頂けないが、私たちの活動や目標について話させていただき、パンフレットを配ることに成功した。順天堂大学は総合大学ではないため、スポーツのことや医学のことなど学問が専門的である。そのため、水球のことだけで入学を決めてもらうわけにはいかない。その学問に興味がある高校生にアピールすることが重要であった。このような広報活動は大学側から背中を押していただくことになりどんどん勧誘活動をした。その成果もあり興味を持ってくれる高校生が現れたが、それはまだ少し先の話である。

 また、水球の大会は多くが学生連盟(学連)によって開かれている。そのためまだ公認団体ではなかったが、1年生の時から学連に参加し活動をしていた。

 

6.初の試合

2018年11月

4人では試合に参加できない

 それだけで諦めたくなかったため、千葉県で行われているオープン戦にエントリーすることを決めた。メンバーは順天堂大学の大学生4人、足りない人数は自分の高校の同期や後輩にお願いして参加してもらった。

 彼らは就職活動や大学院の入試の勉強で忙しい中で試合に参加してくれた。3.4年ぶりにやる水球に戸惑いながらも自分たちに力を貸してくれた。

 そのおかげで大会に参加することができた。入学してから大会に出るまで約半年かかってしまった。結果は1勝2敗1分であった。

 もちろん勝ったことは本当にうれしかったが、それ以上に大会に参加できたという喜びの方が格段に大きかった。11年近く水球をしていてこれまで大会に参加できることは当たり前だったため盲点であった。

 また、大会に参加できたことはメンバーのモチベーションを上げただけではなく、学外の広報活動としても効果的であった。部活としての大会への参加実績ができて、名実ともに体育会としてスタートが切れた。

 このようなオープン戦に2.3試合出場することができた。試合結果はあまり変わらなかったが試合内容は確実に良くなっていった。未経験者の2人も得点に多く関わりだし、またディフェンスでも大いに貢献しだしたのである。約1年かかったが、結成当初から頑張ってきた基礎トレーニングが実を結んだ瞬間であり、基礎トレーニングの重要性を身に染みて理解した瞬間であった。そしてここからまた基礎トレーニングの毎日が続くのである。

初めて参加した大会



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